稲刈り

9/30に 棚田の稲刈りが終了。

 

錦秋

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風で倒れまくって刈りにくい
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はぜかけ
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 田が狭いので、稲の量は少なく、刈ること自体はあまり疲れないものの、刈った稲の束を結ぶのに時間をとられた。

 落穂拾いも10分くらいしたかな。昔の人もきっと「勿体ない」と言いながら落穂拾いをしたんだろうなぁ、と思いながら。何でもかんでも効率化の現代にあって、こういった非効率的で非生産的な行為をすることは、私にとっては意義深い。人間が生きるということ、人類が生き延びてきたことについて考えさせられる。

 

乗鞍、カヤノ平、車山高原、八方尾根

 9/2に上高地に出かけて以降、短い秋を堪能せねばならないという焦りから、「毎週必ず1度はハイキング法案」が賛成多数で可決され、順調に施行されている。9日は乗鞍岳、16日はカヤノ平、23日は車山高原、29日は八方尾根を歩いてきた。

 

乗鞍岳(9/9)

流行の雲海

 

雪渓が残る

 

荒涼とした尾根

 

 標高3000mを超える地に立ったのは今回が生まれて初めてだと思う。高山病にならなくて良かった。

 昼過ぎになると登山道は蟻の行列だった。山頂に最も近いバスターミナルから1時間半程度で山頂まで達することが出来るので、私の様な初心者ハイカーが集まるようだ。上高地でも感じたことだが、京阪式アクセントの人がとても多かった。関西の人(もしかしたら四国の人も中にはいたのかもしれないが)は好奇心が強いのかなー。旅行好き率が高い様な気がする。

 

 

■カヤノ平(9/16)

 

 カヤノ平には3連休の時に行ったのだが、乗鞍とは一転して人が少なく、一人きりで歩いたので、熊との遭遇を恐れて生きた心地がしなかった。私は人ごみが嫌いなものの、臆病なので、「一人静かに歩きたいけれど、誰かが近くにいないと獣が出た時が恐い」というジレンマを抱えている故、上高地や乗鞍の様なワイワイした所にしか行けない。カヤノ平は本当に静かで、森林の密度が濃くて良い所なのだが。歩いていて、藪から「ガサガサッ」と音が聞こえた瞬間、一目散に走って逃げた。

 

 

■車山高原(9/23)

 

 車山高原には、10km程度でアップダウンの少ない、初心者にうってつけなトレッキングコースがある。景色も抜群に良い。

 昼過ぎに到着して歩いたのだが、殆ど一人きりだったので、やはり熊と猪が恐く(自分は生に執着しているんだなぁと知る)、更にハイキングシューズを持って行くのを忘れてスニーカーで歩いたので、気楽になりきることは出来なかった。でも紅葉の時期にまた行きたい。

 

 

■八方尾根(9/29)

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 香港人の友達が遊びに来て、一緒にハイキングした。この週から急激に気温が下がり、八方尾根では既に紅葉が結構進んでいた。あまり木の本数は多くはないものの、美しかった。本当は八方池(標高2000mくらい)より上の唐松岳(2700mくらい)まで登ってみたいが、まぁ来年以降の楽しみにとっておこう。

 

 

 という具合に美しい信州の秋を楽しんでいる(恐がってもいる)。来週は何処に行こう?多すぎない程度に人がいて、紅葉が楽しめて、初心者でも歩ける山は・・・

 

 

ふらり上高地1


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 世の子供達の夏休みが終わったのに合わせ、9/2に上高地へ行ってきた。近くに住んでいるので、「起きて雨降ってたら止めよう」というくらいの軽い気持ちで、ふらっと行けるのが、凄く良い。

 朝4:30に起き、5時台のバスに乗り、大正池に着いたのが6時過ぎ。早朝に出れば、混雑を避けられて非常に快適。コースは、大正池河童橋~明神池~徳沢の往復約17kmのぬるいお散歩ながら(体力のある登山者達は重荷を背負って高みを目指していた)、完全なる運動不足の私は結構疲れた。去年は異国の地をすいすい歩いていたのに情けない。

 山も川も綺麗ではあったが、季節的には中途半端だった。緑が萌える盛夏でもなく、紅葉もまだ始まっていない。晩夏と初秋の混じった感じ。まあ、歩くために訪れたのでいいのだけど。来月と再来月は紅葉と初冬の景色を楽しみに行くもんね。

 


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日常強化

 

初秋の姨捨棚田
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 松本平では、未だに日中は最高気温30℃を越える、信州としては異常らしい暑さが残っているが、朝と晩、そして太陽が陰った時は、清涼な空気が流れている。この空気のせいか、最近は、札幌に住んでいた学生時代を思い出す。

 札幌時代の良き記憶といえば、おじさん、お兄さん達に混じって草野球をしていたこと。特に、秋の山の中の球場は、美しく、寒く、また、北海道の短い野球シーズンが終わる寂しさもない交ぜになって、印象に残っている。ホームラン打てなかったなぁ。

 

 その北海道の上をミサイルが通過したらしく、信州でも、例の不気味なサイレンが鳴った。しかし、非日常であったのはその一時だけで、すぐに日常が戻った。商売も学校も遊びもいつも通り。

 何で日本はこんなに安穏としているのだろう?と疑問にも思うが、どうせ日本なんか何も出来ないや、という情けなさと諦めの方が強い。ここは独立国家ではないもんな。ミサイル通過なんぞ日常です、どうぞどうぞ我が国上空はフリーパスです、と泰然とするより他ない。

車を取りに尾張経由で駿府

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 家で新しい車を購入したのだが、その車両が静岡市のディーラーにあったので、取りに行ってきた。
 まずは特急で尾張名古屋まで出て、出汁好きの義務としてきしめんを食べた。旨い。三河から尾張辺りの出汁は好みだなあ。関東みたいな濃口醤油ドバドバ王国ではない。「出汁を食わせる」って感じだ。特に鰹節の香りが強いかな?私は家でよくうどんの出汁を作るので、勉強になりました。
 名古屋からは新幹線で駿府へ。特急に比べたらすこぶる快適だ。乗り心地がまるで違う。椅子の作りも、凄く良いとはいい難いが、特急の物より遥かにましだ。 

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 駿府に着いてからは路線バスに乗り、東海道歩きの時にも寄った安倍川餅屋へ。 車を受け取ってから車で餅屋へ行っても良いのだが、敢えて不便で遅い移動手段を取るのも、またおつなものなのである。自分で運転してたら、街の景色をゆっくり見られないし、街の空気にも触れられないしね。この選択のお陰で、 バスを降りてから、すごく可愛い浴衣姿の女の子と一言交わす機会を得た。ご褒美だねえ。ふふ。


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 車を受け取ってから、下道で清水の商店街へ。ここも、東海道歩きの時に寄った所。乾物屋さんに寄ってから、今回絶対に再訪したいと思っていた喫茶店へ。

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 このお店は老夫婦(と思しき)お二人が経営されている、いかにも昭和な喫茶店なのだ。ケーキが100~200円という衝撃特価で売られている。前回はカボチャケーキを食べたので、今回はくるみロールケーキ(200円)にした。美味しかった。ヨーロッパで修行してきたようなシェフがいる洋菓子店の超絶丁寧に作られたロールケーキとはまた違った美味しさがある。気軽におやつとして食せる家庭の味。そこが良い。店内のテレビでは巨人戦が映っていたので、週6日欠かさずプロ野球ニュース(CSフジテレビ)を観ている知識を活かしてお店の人との会話を楽しんだ。毎度毎度思うことなのだが、これが小さなお店の良いところなんだよな。会話がある。昨今跋扈する、システム重視で人柄が介在しない客商売は本当に好かぬ。

 また静岡に行きたいなー。小さなお店が絶滅する前に。


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スピッツのライブに行ってきた

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 スピッツが信州でライブを2日間やってくれた。小学6年生の頃からスピッツを聴いているわたくし、 2日間とも観覧してきた。今回のライブは 結成30周年記念ということで、90年代前半のメジャーデビュー当初の曲から今年リリースしたばかりの曲まで、満遍なく演奏してくれた。
 私にとって、スピッツの何が良いかというと...草野正宗さんの書く不思議な曲(歌謡曲っぽかったり洋楽っぽかったり長調なのか短調なのか謎だったり)と繊細で感受性が強くて傷つきやすくてひねくれていて劣等感を抱えつつも前向きさは捨てていない男の心情を恥ずかしげもなく晒す歌詞がまず良く、前には出てこないけど素晴らしく安定しており歌を引き立てるオカズを織り込むドラムが美しく、ボーカルとギターの間を縫い合わせつつ自身もメロディーを奏でるようなベースは個性的で、曲の色を決定付ける印象的なアルペジオを奏でるギターも欠かせない鍵で、メンバー皆が未だに音楽に対する情熱を持ち続けており、ファンに対して誠実で、金に目がくらんでいない、そんな彼らが好きなのである。

 正直なところ、2002年からプロデューサーがずっと同じなので個人的にはマンネリ感を覚えているのだけれども、これからもそっと応援し続けたい。

夢追い虫
youtu.be

「言論の許容範囲が狭すぎる」 言い得て妙

Newsweekより引用

 

 

スワローズ戦の3塁席で僕が失った表現の自由 - パトリック・ハーラン パックンのちょっとマジメな話

 

神宮球場で「相手チームの応援は禁止」というルールを守った日、日本式コミュニケーションの落とし穴に改めて気付いてしまった――>

ヤクルトファンはつらいよ。

今まであまり公表したことはないが、僕はひそかにヤクルトスワローズを応援している。理由は、彼らの屈しない勇敢な野球精神に惚れたってところ......というより、スタジアムがわが家の近くにあるという都合の良さに尽きるのかもしれないけど。

でも、20年も連れ合えば、情が移ってしまう吸引力がヤクルトにはある。今は大好き。

ヤクルトファンがつらいのは間違いないが、それは負け続けるからではない。確かに、「都民ワースト」と巧みに揶揄されている今年は特にひどいが、以前から「負ける」ことにはそれなりに免疫ができている。同じヤクルトファンの村上春樹さんもエッセイに書いているが、「まあ人生、負けることに馴れておくのも大事だから」という思いで観戦する同志が多い。

逆に、弱くても応援するのがヤクルトファンのプライドだ。先日、神宮で聞いた私設応援団長の言葉がそれを表していた――「勝っているチームを快適に応援するのは他の球団でできること! 雨に濡れながら、負けているチームを一生懸命応援するのはヤクルトファンの宿命だ! これからだぜ! 声を出そう!」。その直後、ヤクルトの打線は三者凡退。試合もぼろ負け。


実のところ、ヤクルトファンの僕にとってつらいのは負けることよりも、ホームゲームだというのに、人気チームと対戦するときのアウェイ感が半端ないところ。

以前、阪神戦の日、いつも通り当日券を買おうと「指定席を1枚ください」と言ったら、販売員が「申し訳ございません。ヤクルト側しか残っていません」と謝ってくれた。いやいや、ここは神宮球場だし。僕はヤクルトの帽子をかぶってるっていうのに、あなたはタイガースファン前提で話すんだね。試合開始前からデッドボールを食らった気分だった。

そんな仕打ちを受けたってへこたれない。先月、家族で日本ハムとの交流戦を見に行ったとき、うれしいことが起きた。ヤクルト側が売り切れだった。「とうとうスワローズブームが来たか?」と微笑みながら、喜んで3塁側の席に座ることにした。

しかし、またそこで悲劇だ。買った後に気づいたが、チケットの表面に「こちらの座席で相手チームの応援、応援グッズの着用、使用は禁止です」と書いてある。「まあ、変なルールだけど、そもそも日ハムの応援をしようと思ってなかったからいいか」と思った。

しかし、席に着いた瞬間に分かったのは、この場合の「相手チーム」はヤクルトのことだった。つまり神宮球場にいながらも、ホーム・チームの応援はできないことになる。息子の「山田哲人」コールを止めるのは大変だった。

ちなみに、上で触れた村上春樹さんのエッセイの題名は皮肉にも「球場に行って、ホーム・チームを応援しよう」なのだ。
 
(さて、もちろん野球の話だけでニューズウィークのコラムを終わらせるわけにはいかない。これからが本題のプレーボールだ。)



3塁側のビジター応援席に座ることで表現の自由を失った僕は、いつもよりも悔しい思いで試合を見始めた。でもこの思いは初めてではない。アメリカ育ちの僕が日本で暮らしながら、定期的に経験する種類のものなのだ。超大好きな国だが、言論の許容範囲が狭すぎるとよく感じる。

幼稚園のときから子供たちは全員同じ帽子、体育着、上履きを身に着ける。受験勉強で同じ情報を与えられ、試験で同じ答えを求められる。成人すると同じリクルートスーツを着て、就活マニュアルで同じ模範解答を参考にする。入社式の写真を見ると、企業側も同じ服装、同じ髪型の、同じような人を採用している。

球場でも同様の現象が起きるようだ。アメリカみたいに適当に席を選び、好きな言葉と自分のタイミングで応援したり、野次ったりはしない。日本では、自分と同じチームのファンに囲まれるように座り、周りと同じコールを同じタイミングで大合唱する。最初は驚いたが、社会の傾向を見れば、これは当然の結果かもしれない。実は慣れると楽しいし。だいたいのコールは普通に覚えてるよ。Go, Go Swallows!



そう。僕は自分の順応性の高さを自負している。周りに合わせることができるからこそ、低空飛行で日本の芸能界で20年も飛び続けることができていると、十分自覚しているのだ。だから、その日はもちろん球場のルールを守った。しかも、回りにあわせて少し日ハムを応援してみたら、それなりに楽しかった。日ハムが勝ったし。でも、やはり違和感は払拭できない。応援したチームが勝つことに慣れていないからかもしれないけどね。

いや、それだけではないかな。僕の持論だが、学校も企業も政府も目標に掲げている「想像力、発想力、コミュニケーション能力アップ」を実現したいんだったら、普段から、そして子供の頃から、もっと国民に自由な行動と表現をさせるようにしないといけない。

国民が自ら、自分と違った意見の持ち主を近くに置くようにしないといけないとも思う。教室でも会議でも、そして球場でも、見解や価値観のダイバーシティを志すことが大事。相手チームの応援を禁じるのではなく、むろん促すべきではないか。フィールドだけではなく、スタンドでもぜひ交流戦にしよう。


 

 言いたいことは非常によくわかる。私はどのチームのファンでもなく、球場に行ったときは、選手の良いプレーにはチームの区別なく拍手を送りたい(ヘボいプレーには野次を飛ばしたい)。

 

 日本では「同じ人間」を生産するシステムが出来上がってる。パックンの言うように、日本の学校や企業は、生徒・従業員に同じ格好をさせて、同じ勉強をさせて、同じ様な能力を持った人間を作っている。

 首都圏に住んでいた頃は、機械的で融通が利かなくて人間味がない機械人間だらけだと感じることがよくあった。それは私にとって、かなりつまらないことだった(ま、農村部や小さな商業都市だって「出る杭は打たれる」世界だけど)。

 

 何せ人間の多様性が足りないんだよなぁ、この島国は。いつからこうなった?武家社会のせい?明治維新から?太平洋戦争から?