武州、野球

 先週末は野球をしに武州へ行った。10/21から5週連続で土曜日に雨が降り、屋外活動が制限され、ストレスが爆発しそうだったのである。秋山ハイキングも紅葉狩りも満足にできなかった。

 今年の2月に信州へ移民してからは、武州どころか坂東の地を一度も踏んでいなかった。久しぶりの坂下り(「上洛」風の造語。関東地方を侮蔑した表現)。車で下道で行った。

 

 東信(東信州のこと)から峠を越えて上州へ入ると、東信と山の風景が似ていた。東信には上州にルーツを持つ人が多いと聞くが、なるほど、故郷と風景が似ていれば移住するにも抵抗感が少ないだろう。

 上州の南へ進むにつれて山が低くなり、視界が開ける。関東平野だ。高い山の壁がなくなるとホッとする。自分が平野育ちであることを実感する瞬間だ。逆に、山国育ちの人は平野に住んだら落ち着かないだろうなぁ。

 武州埼玉に入った途端に道路渋滞が始まった。出た出た。これだから人口過密地帯は嫌なんだ。車の運転からも、そこに住んでいる人達が急いで生きていることが伝わってくる。

 武州にいる間中、胸がざわついた。都会は落ち着かない。もう自分はここの人間ではないんだなぁ、と思った(かといって信州色に染まっているわけでもないが...)。

 

 野球の方は、土曜日に野球2試合に出て、6打数2安打、投球回数4回で被安打1四死球0失点2。日曜日はソフトボール2試合に出て5打数3安打、遊撃を守って無失策。

 楽しかったー。野球がないと生きていけない。子供の頃から長い間、ずっと好きでい続けられるのは、寿司を除けば野球の他にない。かつて一緒に野球をしていたクラスメイトや野球部のチームメイトの中で、現時点で私より野球が好きな人はいないだろう。死ぬまで野球小僧だ。そこは自信がある。

先進国が後ろに戻る時代

 

 現在、日本の5割近い世帯が年収400万円未満で、2020年にはそれが6割に達するのだそうな。もう貧困国だね。実際、家が貧しいので進学できない、修学旅行にすら行けない子供達がいるという話を近くで聞く。

 しかし、私が育った頃の南埼玉新興住宅街(中間層が集まる街)では、多くの世帯で、お父さん1人が稼ぐお金で家族4人が十分に暮らしていけていたはずだし(今思えば、年収1000万円以上の家庭もチラホラあった)、また、殆どの子供が私立幼稚園に通っていた。小学校では、クラスの中に貧しい子は殆どいなかったと思う。授業妨害もなかったし、不良もいなかった。たまたま、私の育った地域に貧しくない世帯が集まっただけだったのかもしれないが、それにしても、たった20~30年程度で、隔世の感がある。日本は貧しくなったなあ(我が家もだが)。

 懐の余裕がなくなると心の余裕もなくなるのか、あるいは元来そうなのか、日本人の精神と想像力と思考力の貧しさも気になる。東日本大震災で幸福度が上がったり(他人の不幸を見て、自分はあいつらよりまだマシだと思い込む)、生活保護バッシングが起きたり(官僚の陰謀?芸能人が生贄になった。愚かで醜いマスコミと貧乏人がそれに乗せられる)、ヘイトスピーチが定着したり(「朝鮮人を殺せー!」と叫びながら行進したり)、まあその他諸々、ろくでもないことは沢山ある。私は懐古主義者ではないつもりなのだが、自分の少年期と比べて、社会が良くなったとは思えない(良くなったこともあるよ。女性の社会進出がほんの少し進んだり、飛行機の中が禁煙になったり)。日本が先進国だとは思えない(世界に先んじているのは少子高齢化だけ)。

 

 だが、しかし、でも、ばってん、後ろに戻っとーとは日本だけやないっちゃんねー。西欧もアメリカも酷かろーが。荒れとんしゃー。極右の台頭、人種差別、宗教の差別、テロ、銃撃事件。奴等は目に見える暴力ば好いとうけん、ニュース映像も派手たい。後ろに戻っとーとのよう見られるばい。内側から壊れよろうもん(その外側で、中国の独裁体制の強さの恐ろしかばってん)。

 

 「揺り戻し」という言葉もあるけれど、こたびの混迷は揺り戻されないのではないかという気がするのだ。ドッカーンと戦争が起こって地球に大きな穴が開きまくるくらいの事態にならないと。

 欧米と日本の未来には期待していない。希望を見出だせない。

 

関刃物祭り、栂池、奥志賀、奥裾花

 パソコンを起動してその前に座る(うちにはデスクトップしかない)ことと、スマホの小さな画面でこちょこちょ指を動かすのが億劫で、ブログ不精になってしまっている。本当は、スペイン・カタルーニャ問題や、世知辛い日本社会のことや、衆院選や、プロ野球の糞下らないプレーオフについて等々、日々思うところはあるのだが。ひとまず、重い腰を上げて毎週末のお出かけ記録。

 

■10/7 関の刃物祭り

 15年前から行ってみたいと思っていた美濃国・関の刃物祭り。とうとう行った。この祭りの目玉は製造直売の廉価市。包丁や鋏、鎌、ナイフ、爪切り等の普段使いの刃物から、フォークやナイフ、弁当箱、盆栽用の鋏、模造刀・・・幅広く売られていて、引っ切り無しに客が流れていた。廉価市の周辺では、刀鍛冶や居合い、太鼓のパフォーマンスも行われていた。

 私は菜切包丁と両刃の草刈鎌と爪切を購入した。包丁と鎌は鋼が使われている本格的な品だが、全部合わせて5000円もしなかった。恐ろしく安い。が、交通費と移動時間を考えると・・・。まあ、お得なものを買いに行ったというより、お楽しみ目的だったから良いのだが。

 

■10/9 栂池自然園(白馬)

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自然園へ向かうゴンドラから撮ったもの

 

野生の子狐

 

雪渓がうっすら見える

 

湿原

 

 紅葉を見に行ったのだが、標高1900mの栂池自然園ではもう終わっていた。しかも観光客が結構いて、散策コースは木道と狭い山道しかなく、人のペースに合わせて歩かざるを得なく不愉快であった。また、写真撮影スポットでは小さな渋滞が起きる。一部のおばさんは声がでかい。あー嫌だ嫌だ、心の底から嫌だ。自然の中では静かに過ごしたいのだよ、私は。

 

 

■10/14 奥志賀

 10月中旬から下旬にかけて、えらく天気が悪かった。奥志賀霧まみれ。静かに過ごせたけど。

 三重から奥志賀に移住してペンションを開いたご夫婦と出会って小一時間立ち話をしていたら有益な話を聞けた。「熊は普通にそこら中にいるけれど、奴らは臆病なので、人間が恐がる必要はない。こちらが大声を出せば逃げていくし、鈴を付けていれば鉢合わせすることはない」ということ。私はこの日もビクビクしながら、霧の中を一人でハイキングしたが、次回からはもう少し堂々と歩けそうだ。

 

 

■10/22 奥裾花

 

 ソフトクリーム屋のおばちゃんに紅葉が綺麗だと薦められて行った場所。奥裾花(おくすそばな)。全然知らなかったけれど、「大渋滞にはまりながら日光に行く必要ないな」と確信した。びっくりするくらい紅葉が美しかった(私の腕とカメラではその美しさを写真には収められなかった)。でも、地元の人によれば、来週はもっと綺麗になるとのこと。

 知る人ぞ知る場所であり続けてほしいなぁ。観光バスがガンガン来るようになったらおしまいだ(日光はおしまいの極み)。

 

 

稲刈り

9/30に 棚田の稲刈りが終了。

 

錦秋

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風で倒れまくって刈りにくい
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はぜかけ
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 田が狭いので、稲の量は少なく、刈ること自体はあまり疲れないものの、刈った稲の束を結ぶのに時間をとられた。

 落穂拾いも10分くらいしたかな。昔の人もきっと「勿体ない」と言いながら落穂拾いをしたんだろうなぁ、と思いながら。何でもかんでも効率化の現代にあって、こういった非効率的で非生産的な行為をすることは、私にとっては意義深い。人間が生きるということ、人類が生き延びてきたことについて考えさせられる。

 

乗鞍、カヤノ平、車山高原、八方尾根

 9/2に上高地に出かけて以降、短い秋を堪能せねばならないという焦りから、「毎週必ず1度はハイキング法案」が賛成多数で可決され、順調に施行されている。9日は乗鞍岳、16日はカヤノ平、23日は車山高原、29日は八方尾根を歩いてきた。

 

乗鞍岳(9/9)

流行の雲海

 

雪渓が残る

 

荒涼とした尾根

 

 標高3000mを超える地に立ったのは今回が生まれて初めてだと思う。高山病にならなくて良かった。

 昼過ぎになると登山道は蟻の行列だった。山頂に最も近いバスターミナルから1時間半程度で山頂まで達することが出来るので、私の様な初心者ハイカーが集まるようだ。上高地でも感じたことだが、京阪式アクセントの人がとても多かった。関西の人(もしかしたら四国の人も中にはいたのかもしれないが)は好奇心が強いのかなー。旅行好き率が高い様な気がする。

 

 

■カヤノ平(9/16)

 

 カヤノ平には3連休の時に行ったのだが、乗鞍とは一転して人が少なく、一人きりで歩いたので、熊との遭遇を恐れて生きた心地がしなかった。私は人ごみが嫌いなものの、臆病なので、「一人静かに歩きたいけれど、誰かが近くにいないと獣が出た時が恐い」というジレンマを抱えている故、上高地や乗鞍の様なワイワイした所にしか行けない。カヤノ平は本当に静かで、森林の密度が濃くて良い所なのだが。歩いていて、藪から「ガサガサッ」と音が聞こえた瞬間、一目散に走って逃げた。

 

 

■車山高原(9/23)

 

 車山高原には、10km程度でアップダウンの少ない、初心者にうってつけなトレッキングコースがある。景色も抜群に良い。

 昼過ぎに到着して歩いたのだが、殆ど一人きりだったので、やはり熊と猪が恐く(自分は生に執着しているんだなぁと知る)、更にハイキングシューズを持って行くのを忘れてスニーカーで歩いたので、気楽になりきることは出来なかった。でも紅葉の時期にまた行きたい。

 

 

■八方尾根(9/29)

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 香港人の友達が遊びに来て、一緒にハイキングした。この週から急激に気温が下がり、八方尾根では既に紅葉が結構進んでいた。あまり木の本数は多くはないものの、美しかった。本当は八方池(標高2000mくらい)より上の唐松岳(2700mくらい)まで登ってみたいが、まぁ来年以降の楽しみにとっておこう。

 

 

 という具合に美しい信州の秋を楽しんでいる(恐がってもいる)。来週は何処に行こう?多すぎない程度に人がいて、紅葉が楽しめて、初心者でも歩ける山は・・・

 

 

ふらり上高地1


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 世の子供達の夏休みが終わったのに合わせ、9/2に上高地へ行ってきた。近くに住んでいるので、「起きて雨降ってたら止めよう」というくらいの軽い気持ちで、ふらっと行けるのが、凄く良い。

 朝4:30に起き、5時台のバスに乗り、大正池に着いたのが6時過ぎ。早朝に出れば、混雑を避けられて非常に快適。コースは、大正池河童橋~明神池~徳沢の往復約17kmのぬるいお散歩ながら(体力のある登山者達は重荷を背負って高みを目指していた)、完全なる運動不足の私は結構疲れた。去年は異国の地をすいすい歩いていたのに情けない。

 山も川も綺麗ではあったが、季節的には中途半端だった。緑が萌える盛夏でもなく、紅葉もまだ始まっていない。晩夏と初秋の混じった感じ。まあ、歩くために訪れたのでいいのだけど。来月と再来月は紅葉と初冬の景色を楽しみに行くもんね。

 


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日常強化

 

初秋の姨捨棚田
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 松本平では、未だに日中は最高気温30℃を越える、信州としては異常らしい暑さが残っているが、朝と晩、そして太陽が陰った時は、清涼な空気が流れている。この空気のせいか、最近は、札幌に住んでいた学生時代を思い出す。

 札幌時代の良き記憶といえば、おじさん、お兄さん達に混じって草野球をしていたこと。特に、秋の山の中の球場は、美しく、寒く、また、北海道の短い野球シーズンが終わる寂しさもない交ぜになって、印象に残っている。ホームラン打てなかったなぁ。

 

 その北海道の上をミサイルが通過したらしく、信州でも、例の不気味なサイレンが鳴った。しかし、非日常であったのはその一時だけで、すぐに日常が戻った。商売も学校も遊びもいつも通り。

 何で日本はこんなに安穏としているのだろう?と疑問にも思うが、どうせ日本なんか何も出来ないや、という情けなさと諦めの方が強い。ここは独立国家ではないもんな。ミサイル通過なんぞ日常です、どうぞどうぞ我が国上空はフリーパスです、と泰然とするより他ない。